決算部署での死闘 本社勤務のサラリーマン激務時代を振り返る

新人研修をなんとか乗り切り、希望した配属先に入る事ができた。
この配属の希望は、当時のパートナーに言われた事がきっかけで、実はランクを落として希望を出した。

“あなたは東大卒じゃないのよ”

そりゃそうだ、同期君に東大はほんの少しいたが、そいつは花形部署に配属だった。
なんというか、身の程を知る癖が染み付いていたのだろう、パートナーのアドバイスはサラリーマンとしての行動指針としては非常2役立つものが多かった。

初出勤

予め、配属先の電話帳コピーをもらっていたので、役職やら男女比やら全体の人数はある程度予想していた。
出勤してみたら、予想以上に大規模な部署だった。その1つのチームへ配属となった。
その日は朝に朝礼があり、新人として挨拶をした。
同時に配属になった同期君は、何やらウケを狙った挨拶をしていたが、自分はウケを狙わず、その代わりに難関資格を早期に取ると宣言した。

今思えば、若気の至りである。

仕事

島、上司、メンター、シスターなどなどいわゆる世話係を紹介され、しばらくそのチームのお荷物として指導を受ける。

チームは4つほどあり、全部で50人くらい、部署全部では100人を超える巨大部署だった。

自分のときは総合職二人だったが、数年に一人くらい、一般職が配属されるらしい。確かに、女性が多く、半分は一般職だった。

専門職的なコースで入ったはずなのだが、実務は半分一般職??とまあ若気の至りで思ったが、事務職としての一般職の方々は非常に優秀で、いろいろと教わった。
その頃はエクセルの技術はまだまだヒヨッコで、なんとかキーボードに慣れて(学生時代はそこまでパソコン使わなかった)むしろ計算に使うオンラインシステムの使い方を集中して学んだ。
業務内容は、顧客となる企業の保険、年金等を計算するというもの。
インサイダー取引に該当しかねない機密情報も取り扱う部署のため、株取引等は原則禁止されていた。
まあ、当時はそんな資金も知識も無かったわけだが…

企業名を幾つか上げると良いのだが、守秘義務があったので、伏せておく。なかなか有名な企業もあったし、数年後、それらの企業の担当になったときはいろいろと苦しめられた。

自分のチームは、比較的規模の小さい企業様を相手とした計算を実行した。
データを受領し、ホストシステムへデータを流し込む、データチェックして、特異な挙動を見せていたら、企業様宛に照会する。ただし、対会社の仕事なので、基本的に法人営業担当の方を通じてやり取りをした。

手とり足とり、メンターやらシスターの方にお世話になって、初の仕事を仕上げた時は、毎週あるミーティングでも発表され、なにやら得意気な気がした。

しかしまだまだ仕事はこれからで、どんどんと処理スピードは上がり、メンターに割り振られていた案件は、一部自分の割り振りに変更された。

そのチームでは手際よく複数の案件を処理するような、同時並行稼働のスキルが必須だった。
A社とB社から同時に依頼されたとき、難易度やら昨年の報告実績やらを勘案して順序付けをするが、A社だけ優先してB社を塩漬けにしても、あまり良いことが無い。
ある日突然、企業のご担当者から直接電話が来ることがあったり、油断できないのだ。

そんなこんなで、1年目は仕事に慣れて、2年目にはかなりの業務スピードで案件をこなせるようになってきた。割り振りされる案件もチーム内の最高レベルのものばかりだった。

2年目の夏、新人が入ってくる事になった。自分はもう、新人ではないのだ。

どんなやつが来るのか楽しみにしていた。

********************************

新人の頃は何かあっても周りに聞けばよく、特に意識することはなかったのだが、2年目ともなると風当たりは大きく変わる。

特に、メンターとして新人に接するときはなおさらだ。新人君は先輩扱いするし(実際はそうでもなかったのだが)周りは周りで
“新人はアイツ(わたしです)に任せりゃいー”
のような押し付け合いに似たような空気だ。

数年後、異動したり転職したりするわけだが、この押し付け合いの空気はやはり異常だったように思う。

また、新人として最初は歓迎会など、先輩が全部やってくれたが、当然、その後は自分で全部手配した。
お陰で会社近くの飲食店には詳しくなったし、割とお店チョイスも評判良かった(たぶんw)

新人なんてお荷物なんだから、飲み会くらいで貢献しないでどうするの?

というパートナーの言葉には痛く納得したものの、今、振り返ってみると、少し違和感を感じる。

飲食店探したりするのは元々好きだったので、飲み会幹事は実は適職(笑)だったのかもしれない。ウェットで無意味な飲みニケーションを”前提”とする文化だったからだろう。
また、自分の上にいた先輩の飲み会立ち回りを見ていると、改善点あるよなーとかいろいろと妄想していたので、割と喜んで幹事業に勤しんだ。

それも、新人の登場で、引き継ぎである。
なにせ半分以上が女性の職場だったので、また、好き嫌いある人が複数いて、その方との好みバランスなりなんなり、まあ気を使うわけです。

幹事業として最大のミスは、カード決済できると思ってたらなぜか現金onlyで、そのときは上司さんに建て替えてもらった。
やっぱり甘かった(笑)

新人のメンターとなったが、業務そのものは別のラインにいたので、仕事内容は詳しくわかってなかった。とは言え、すぐ近くに座っていろんなやり取りを目の当たりにすると、どれだけ苦労してるのかはすぐにわかった。

先輩ヅラするのは好きではなかったので、何か具体的に解決策を講じれるときはサポートしたが、何せ別ラインだったので、おおっぴらにヘルプできない雰囲気だった。
そう、どこまでも縦割りなのだった。

これは、次の部署で嫌というほど苦労させられる事になる。

入社して3年目に入り、そろそろ、チーム異動や部署異動の可能性が見えてきた。順当に行けば、異動の声がかかるはずだ。行きたいチームはあったが、このときは、別のチームとなった。
まあ、振り返ると、とてもラッキーな配属だったのだが。

花形チームへ

部署の中でも一番キツいチームへ、4年目から異動する事になった。
隣の隣の島に移動するたけで、業務レベル、求められるレベルが倍増する。案件1つ1つが格段に重くなる。

客観的にみて、出世コースの異動だったように思う。
1つ上の先輩も同じようなルートを辿って、同じタイミングで部外にご栄転されたが、行き先は資産運用フロントの部署。まさに、社内の花形である。

※もっと花形はあるのだが、運用フロントの人気は高かった。おそらく今でも保険会社とか機関投資家の運用部門に行きたがる人は多いと思う。

3月末くらいから体制変更の通知がなされ、席替えをして、新天地(すぐ近くだけど笑)で新規業務に。

4月から6月までは覚悟しとけと予め言われていたが、まさに嵐のような春だった。

********************************

花形チームに異動した後は、かなりのプレッシャーだったが、なんとか仕事をこなした。
同時に、風当たりの強さを感じたり、いろいろと体制やら体質に疑問を感じ始めたのもこの頃だったように思う。

飲み会

サラリーマンたるもの、飲み会でそそうをしようもんならそれはしょうがないかもしれないが、飲み会に出ないことそのものが非常に厳しい目で見られることが理解できなかった。

まあ正直なところ、適当に理由つけてサボったこともある。
けど、業務繁忙期だったり予め予定の一つや二つくらいはあってもおかしくない。

ある日の送別会。

上司にあたる人や先輩が隣のチームに移動することになった。同じフロア、同じ部署、ただし、違うチーム。

これだけでいちいち送別会なんて不毛だ。

本心からそう思っていた。

幸い、送別会の日は、別の予定があった。

断るのも2段階に分けた。
予め、予定があるので出欠未定としておき、ぎりぎりになってから(もちろん予約等に影響ない範囲で)欠席の旨、伝えた。

それが、ある上司には気に入らなかったらしい。
送別会の翌日、その上司からかるく呼び出された。

「ちょっといい?」

「はい、(絶対なんか言われるなこれ)」

経験的に、”ちょっといい?”と呼ばれた時はろくな事いわれたためしがない。
上司たちも、ボキャブラリーが貧弱だw

「昨日の送別会さぁ、なんで来なかったんだっけ?」

「もともと予定があったからです。ちょっと動かせない用事で。」

ちなみに、このときは、嘘です。いきたくなかったんです、ごめんなさい。
もう、時効です。

とまあ、一時が万事、この調子の非常に気を使う部署だった。
Theサラリーマンである。

正直、異動したかった。

部外に出たかった。

異動

同時に、業務の方は雲行きが怪しかった。

5年目から6年目に上がるとき、順当に行けばアシスタントマネージャーに昇進する。
一定の資格要件はあるが、それは既にクリアしていた。

しかしである。

あるひ、部長・上司含めた面談が臨時に行われた。

端的に言うと、、

  • このままでは部署内での昇進は厳しい
  • 部外に異動することも検討している
  • 希望はあるか?
  • だった。
    事実上の更迭・左遷宣言である。

    部外に出るのは願ったりかなったりだが、、、

    提案されたのは、まあ、なんでソコ??というような、都落ち部署であった。
    まあ、出世できないとはこういうことなのかと、腑に落ちた。

    自分はダメもとで行きたい部署があった。

    新卒で配属面談のときに希望しなかったほうの部署である。
    既に同期君がいたので心強かったが、果たして希望が通るのか。

    部長たちからは、「ソコは厳しい」と予め言われていた。

    しかし希望部署にラインナップして人事へ提出した。

    5年目の冬、試験が終わり、異動シーズンとなった。
    このときは、周囲の動きが気になるものだ。
    電話一本で呼び出され、会議室に行くと、異動を通達される、というのが通常だ。

    今回、自分の場合は、昇進できるかどうかもかかっていた。

    会議室へ

    業務も忙しく、異動のことは頭の片隅から消えかかっていた頃、内線電話が来た。

    —異動か?

    それは、部長からの呼び出しだった。

    会議室へこっそり赴く。
    おそらく、周りは気付いてる、

    異動だと。

    会議室に到着。
    そこには部長がいた。なにやら紙を持っている。
    辞令か??

    「アシスタントマネージャー昇進です、おめでとう」

    部長が軽く頭を下げてくれた。
    こわもて部長からの賞賛。

    と、同時に、

    「異動です。部外へ転出。」

    「はい?」

    「決算部門です。」

    6年目の春から、決算処理と戦うことになった。

    ***********************

    3月末には新しい決算部署に配属になり、心機一転、新たなキャリアがスタートした。

    と言うとちょっとカッコいいかもしれないが、実際はお荷物だ。
    その部署には毎年、数人の新人が配属される。
    人材の層は極めて厚い。

    ソコに他部署からのいきなりアシマネ(≒アシスタントマネージャー)がやってきて、うまく行くわけがない。
    皆、困惑しているだろう、、

    というのは杞憂だった。

    激務故に?

    全体的に皆さんとても優しかった。
    年次の序列を敬ってくれて、先輩は先輩ヅラすることなく、ランチも一緒に行った。

    決算の激務振りは遠くから聞いてはいたが、ソコに来てしまったのだ。当時の嫁さんにも、もしかしたらゴールデンウイークまで休みは決められないかもしれない、くらいの事は言っておいた。

    予め割り振りされた、根性次第でどうにかなるような仕事(知識ないからね)の予習をしといた。

    ついでに、ミニボスとの面談で、試験のコースは保険に変えると宣言した。

    皆さん、歓迎モードだったように思う。

    これからの激務を先回りで労っていたのか??

    仕事がわからん

    4月の2週目に入り、決算は本格化してきた。
    自分の担当ではなかったが、契約を固めるチームが連日連夜残業していた。
    ソレを横目に割とすぐ帰っていたが、3週目辺りから急激に仕事の嵐となった。

    予習していたはずが、間に合わない。
    都度、後輩君なり一般職に聞いて回った。わからんのだ。

    幸か不幸か、

    “わからないことを聞くのは躊躇するな”

    という文化だったのだ。

    図々しくも、周囲の時間を奪いに、毎日席を立ち、頭を下げて少しずつ業務知識を積み重ねた。

    しかしそれでも間に合わなかった。
    連日連夜、残業した。

    初の休日出勤

    決算スケジュールは綿密に組まれており、遅延は許されないという雰囲気だった。

    聞きかじりだが、他部署に休日出勤をさせるような事までが暗黙の業務内容だった。

    初めての休日出勤、スーツじゃなくて良いと聞いていたが、本当だった。
    ちょっと新鮮な感じだったのを覚えている。
    皆、私服で、朝からデスクでサンドイッチやおにぎりを頬張っている。

    なんて自由な(笑)

    そんな中、次々とやってくる書類の検算がメインの仕事だった。

    作成者が作った計算書類を全てチェックするのが仕事。
    Excelで作られているが、検算は電卓チェックを厳命されていた。

    時代錯誤だが、実はコレがまた意外とミスを発見したりするから不思議なものだ。

    なので、電卓と格闘する数週間だったように思う。
    この時の経験で、電卓ワークは格段に早くなってしまった(笑)

    ゴールデンウィーク?

    春の連休と言えばゴールデンウィークだが、んなもん、決算優先である。
    幸い、自分は担当外だったので、久しぶりに連休だった。

    家でぐっすり、泥のように眠った。

    後から聞いたら、BOSSのマネージャーやら部長は、ゴールデンウィークもほぼ全部出勤していたらしい。

    ブラックやん(笑)

    当時は、異動直後と言うこともあり、ありのままに、指示のままにひたすらこなした。

    前の部署での評判は、取り返せる!
    みたいな、サラリーマンとしては健全な野心があったのも本音だ。

    実際、初期の評価はとても良かったらしい。

    “根性がある”
    “ガッツがある”
    “経験値がある”(←??)

    時間かけて根性でこなすしか、仕事ができないので、まあ当然の評価かもしれないが、素直に嬉しいものだった。

    割と、順調な異動のように思えた。
    最初の一年は。

    (決算2年目へつづく)

    ********************************

    決算は四半期ごとに行われ、決算が終わったら年末の決算予測をし、次回の決算に向けた反省会と他部署との打合せ、調整が一年中あった。

    まさに、一年中決算をやっている部署でありチームだった。

    異動して半年、当初の担当と異なるチームに配属となった。

    備金担当

    新たな任務は、正確な備金の計上である。

    備金とは、まだ支払っていない保険金の事。

    例えば、
    ・3/20に主人が死亡した
    ・保険会社に連絡したのはその2日後
    ・書類不備などがあった
    ・保険金待ちのまま3/31を迎えた
    ・4/2に保険金が支払われた

    このようなケースでは、決算時点の3/31で、保険金はまだ保険会社にある。
    しかし明らかに、保険会社には保険金支払う義務がある。
    その義務が”発生”している。
    コレがポイントになる。

    決算は原則として”発生”主義で処理される。
    そのため、備金のような細かい調整がどうしても避けられない。

    実はコレは、避けられないのではなく、わざわざ面倒くさい事務フローを昔々に構築し、その簡素化や効率化が行われなかったというだけなのだが…。

    保険金担当にしばかれる

    備金の計上は、保険金の支払実績と表裏一体である。
    上記の例だと、3/31に保険金が支払い完了!となれば、備金でなく、保険金として計上する事になる。

    ややこしい事に、銀行の都合で送金途中であっても、備金として認識していた。

    コレは会社によってルールが違うかもしれないが。

    備金については、そのデータを保険金支払部署からもらって、重複計上されていないかといったチェックを実施する。

    それで、データの削除を依頼したり、前回と金額が変わっていたら照会したり、細かい作業なんですわ。

    んで、コッチがミスると、保険金部署の海千山千マネージャーに電話でしばかれるという。
    なかなかキツい担当なんですわ。

    なぜ重複するのか?

    死亡が発生して保険金を支払うまでは、毎月もしくは毎年のように保険料をお支払いいただき、その一部を将来の保険金支払いに向けて積み立てる。

    コレを責任準備金と言う。

    ざっくりいうと、

  • 生きている→責任準備金(負債計上)
  • 死んでいる→備金(負債計上)
  • となる。
    決算資料を作り、経営層と投資家に見せる財務諸表を正確に期限通りに作るのが至上命題なわけですが、この重複計上が手痛いミスになる。

    もちろん、全データを手作業チェックできるはずもなく、システム的に重複を避けるようにデザインされてはいるが、追込み処理と言って、後から

    “(期限過ぎてるけど)これも!”

    という追加がいくつも発生する。

    この追込み処理というのが、諸悪の根源なのかもしれないが、キチンと対応した。

    重複が無いように、正確に。
    時に、数千万単位で修正が発生した。

    備金担当としての決算

    一年たち、年度末決算を備金担当として対応した。
    データを固めるのが普段の10倍以上の負荷がかかった。
    もちろん、休日出勤した。
    辞めたくなった。
    長いときは15連勤位はしたように思う。

    とは言えなんとかこなし、備金担当としては任務を全うした(たぶん笑)

    そして2回目の年度末決算を乗り越え、また担当のシャッフルがあった。

    この部署では、決算が終わってから人事異動をさせる事で有名だった。
    先輩方がポツポツと異動していく。

    自分は、

    備金担当などを取りまとめる、チームリーダーに抜擢された。

    (チームリーダー編につづく)

    お読みいただきありがとうございました。 「いいね!」お願いします
    最新情報をお届けします。
    スポンサーリンク
    business
    baronをフォローする
    四季のブログ/丹志井商店

    コメント

    1. […] 比較的、業務は余裕があったように思う。2回目の決算だったこともある。 […]