アリとキリギリス 現代版の解釈を自由に考えてみた。

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アリとキリギリス、どちらになりますか?
「努力=善」とは限らない??

アリとキリギリスの寓話

メインストーリィ

アリとキリギリスの寓話は有名ですよね、

  • アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、
  • キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。
  • やがて冬が来て、

  • キリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、
  • アリは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。
  • というメインストーリィです。

    もう一つのサイドストーリィ

    ・アリが哀れみの心をもって食べ物を分けてあげるという改変が古くからある。食べ物を分けることを拒否し、キリギリスが飢え死ぬのでは残酷だというので、アリは食べ物を恵み、「私は、夏にせっせと働いていた時、あなたに笑われたアリです。あなたは遊び呆けて何のそなえもしなかったから、こうなったのですよ」とキリギリスに告げ、それを機にキリギリスは心を入れ替えて働くようになるなどという展開に改変される場合もある

    学び&古典的な解釈

    この寓話には二つの寓意があります。

  • キリギリスのように将来の危機への備えを怠ると、その将来が訪れた時に非常に困ることになるので、アリのように将来の危機の事を常に考え、行動し、準備をしておくのが良いというもの
  • アリのように夏にせこせことためこんでいる者というのは、餓死寸前の困窮者にさえ助けの手を差し伸べないほど冷酷で独善的なけちであるのが常だ
  • というもの。

    以上、wikipediaより引用。

    さて本題。

    アリとキリギリス、どちらになりますか?

    いまの自分は勤め人なので、
    まあアリの方ですね。

    さて、

    アリ=善、
    キリギリス=悪(甲斐性なし的な??)

    のような解釈が一般的ですが、
    現代社会においてはどうでしょうか?

    再現性あるとかほんとかなw
    まあネタにはなるよね。

    どう働くか?どう生きるか?

    どう働くか?
    どう生きるか?
    というアリとキリギリス問題。
    努力もいろいろ。
    好きな趣味に打ち込んで、
    報酬もらえたら、
    それはそれで努力。
    そこにたどり着けるか??

    時代の流れで、

    「アリがいいよね、」

    だったのが、

    「キリギリス、楽しそうじゃん?」

    に変わってきていると感じます。

    自分もキリギリスになってみたいなぁと感じます。
    ただ、アリを否定するわけでないんですよね。

    アリとしての勤めもけっこうおもろいところがあって、
    給料もらえてますし。

    なので、今のところのポジショニングは、

  • 基本はアリなんだけど、
  • いつでもキリギリスになれる、
  • と言うのが目指すべき方向なのかなと。

    いいとこ取りを目指しても良いよね。

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    それではこのへんで。
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