新人として本社配属 サラリーマンが始まった!

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//思ひ出
//新人配属後編
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すらまっぱぎ。
丹志井商店へようこそ!

過去の思い出をつらつらと書き連ねようと思います。

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新人研修をなんとか乗り切り、希望した配属先に入る事ができた。
この配属の希望は、当時のパートナーに言われた事がきっかけで、実はランクを落として希望を出した。

“あなたは東大卒じゃないのよ”

そりゃそうだ、同期君に東大はほんの少しいたが、そいつは花形部署に配属だった。
なんというか、身の程を知る癖が染み付いていたのだろう、パートナーのアドバイスはサラリーマンとしての行動指針としては非常2役立つものが多かった。

初出勤

予め、配属先の電話帳コピーをもらっていたので、役職やら男女比やら全体の人数はある程度予想していた。
出勤してみたら、予想以上に大規模な部署だった。その1つのチームへ配属となった。
その日は朝に朝礼があり、新人として挨拶をした。
同時に配属になった同期君は、何やらウケを狙った挨拶をしていたが、自分はウケを狙わず、その代わりに難関資格を早期に取ると宣言した。

今思えば、若気の至りである。

仕事

島、上司、メンター、シスターなどなどいわゆる世話係を紹介され、しばらくそのチームのお荷物として指導を受ける。

チームは4つほどあり、全部で50人くらい、部署全部では100人を超える巨大部署だった。

自分のときは総合職二人だったが、数年に一人くらい、一般職が配属されるらしい。確かに、女性が多く、半分は一般職だった。

専門職的なコースで入ったはずなのだが、実務は半分一般職??とまあ若気の至りで思ったが、事務職としての一般職の方々は非常に優秀で、いろいろと教わった。
その頃はエクセルの技術はまだまだヒヨッコで、なんとかキーボードに慣れて(学生時代はそこまでパソコン使わなかった)むしろ計算に使うオンラインシステムの使い方を集中して学んだ。
業務内容は、顧客となる企業の保険、年金等を計算するというもの。
インサイダー取引に該当しかねない機密情報も取り扱う部署のため、株取引等は原則禁止されていた。
まあ、当時はそんな資金も知識も無かったわけだが…

企業名を幾つか上げると良いのだが、守秘義務があったので、伏せておく。なかなか有名な企業もあったし、数年後、それらの企業の担当になったときはいろいろと苦しめられた。

自分のチームは、比較的規模の小さい企業様を相手とした計算を実行した。
データを受領し、ホストシステムへデータを流し込む、データチェックして、特異な挙動を見せていたら、企業様宛に照会する。ただし、対会社の仕事なので、基本的に法人営業担当の方を通じてやり取りをした。

手とり足とり、メンターやらシスターの方にお世話になって、初の仕事を仕上げた時は、毎週あるミーティングでも発表され、なにやら得意気な気がした。

しかしまだまだ仕事はこれからで、どんどんと処理スピードは上がり、メンターに割り振られていた案件は、一部自分の割り振りに変更された。

そのチームでは手際よく複数の案件を処理するような、同時並行稼働のスキルが必須だった。
A社とB社から同時に依頼されたとき、難易度やら昨年の報告実績やらを勘案して順序付けをするが、A社だけ優先してB社を塩漬けにしても、あまり良いことが無い。
ある日突然、企業のご担当者から直接電話が来ることがあったり、油断できないのだ。

そんなこんなで、1年目は仕事に慣れて、2年目にはかなりの業務スピードで案件をこなせるようになってきた。割り振りされる案件もチーム内の最高レベルのものばかりだった。

2年目の夏、新人が入ってくる事になった。自分はもう、新人ではないのだ。

どんなやつが来るのか楽しみにしていた。

メンター編に続く)

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コメント

  1. […] (つづく) […]